新型コロナウイルス感染と妊娠情報

2020.4.30
【最新】妊婦さんとご家族、医療従事者の皆様へ

新型コロナウィルス感染症と妊娠 Ver.8 2020年4月17日
Coronavirus (COVID-19) infection in pregnancy

はじめに(要約作成者より)

この文章は、Royal College of Obstetricians and Gynaecologists(RCOG)英国の産婦人科学会によるCoronavirus (COVID-19) infection and pregnancyと題された医療者向けのガイドラインの中から特に妊娠出産において国や民族が異なっても共通であると考えられる部分を抜粋、要約したものです。大きく3つのパートに分かれていて、最初は妊婦さんに知っておいていただきたいこと、次に妊婦さんのケアにあたるスタッフへのアドバイス、最後に感染が疑われているまたは確定している妊婦さんのケアについて述べられています。

日本とは医療提供システムが異なるため、日本で提供される医療とは必ずしも一致しない部分があることをご了承ください。
2020年4月17日

2020年4月23日 第8版に合わせて内容を一部加筆、修正しました。

原文はこちら
https://www.rcog.org.uk/coronavirus-pregnancy


妊婦さんに知っておいていただきたいこと
妊婦さん自身への影響
妊婦さんに限らず、このウィルスに感染しているものの、無症状または非常に軽い症状しかない患者がいることがわかってきています。どのくらいそのような人たちがいるのかはわかっていません。咳、発熱、呼吸困難感、頭痛、嗅覚喪失などが関連する症状です。

昔から妊婦さんは免疫機構の変化によりウィルス感染症の症状が重くなる可能性が知られています。これは、とくに妊娠後期にあてはまります。しかし、重症になる可能性は非常に低いのも事実です。高齢者や免疫不全状態にある人と同じように重症になる可能性があるため、妊婦さんの感染はすぐに見つけて治療する必要があります。

分娩時にCOVIDの症状が重篤で、人工呼吸器とECMOを要した症例の報告があります。また、妊娠30週の妊婦さんで母体と胎児が死亡したというイランからの報告があり、死因はCOVID-19が原因とされています。
ニューヨーク州から2つの報告があります。ひとつめの報告は、43人のCOVID-19陽性女性の報告で86%が軽症、9%重症、5%が重篤でした。ふたつめの報告は、2週間の期間に分娩のために入院した215例の妊婦の報告です。(訳者注:本HPにその報告の要約が別にあります)そのうち15.4%鼻腔咽頭擦過検体からSARS-CoV-2が検出されました。ほとんどは無症状で、わずか4例(1.9%)が有症状で、その後3例が入院中に症状があらわれました。イギリスでCOVID-19のため集中治療出に入室した3,883例の中で10例が妊娠女性で、13例が6週間以内に入院していた症例でした。集中治療を受けた人のうちの妊婦の割合(2.3%)は、2017-2019のCOVID-19ではないウィルス肺炎による入院の割合(3.3%)とほぼ同等です。その他のCOVID-19妊婦による肺炎の報告は軽症で、回復良好です。

妊娠は一般的に血液凝固がおきやすい状態ですが、COVID-19でも血液凝固能が高まっている可能性があります。よって、COVID-19妊婦は血栓塞栓症のリスクが高まっていると考えられます。外出を控えていることや入院中に安静にしていることが血栓症のリスクをさらに高めている可能性があります。


赤ちゃんへの影響
COVID-19と関連して、流産や胎児死亡が増加するというデータはありません。これは、他のコロナウィルス感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群), MERS(中東呼吸器症候群)でも同様です。

さらに、COVID-19が胎児に有害だとする証拠もありません。しかし、胎児に垂直感染する可能性は指摘されており、それがどのくらいの頻度で起こり、赤ちゃんへどのような影響があるのかはまだわかりません。COVID-19に感染した妊婦の早産の報告はありますが、すべてが医療的な介入によって人工的に早産した症例なのか、感染により早産が引き起こされた症例が含まれているのかどうかはわかりません。ほとんどの医学的な人工早産は妊婦さんの状態が悪化したためのものですが、ごく一部に胎児の状態が悪化したもの、分娩開始前に前期破水が起こった症例が含まれています。



一般的なアドバイス
妊娠中だからといってこのウィルスに感染しやすいわけではありません。しかし、一部の妊婦さんではウィルス感染による体の反応が妊娠していないときと異なることが昔から知られています。

  • 妊娠中にCOVID-19にかかったとしても、無症状か非常に軽い症状で完全に回復する可能性が高いです。
  • 症状が悪化したり、回復が遅かったりする場合には医療的ケアが必要な可能性がありますのでかかりつけ医やお住いの自治体の相談窓口に相談してください。


受診するときには
あなたが現在健康で、いままでの妊娠に異常がなかった場合には、

  • ここ数日のうちに妊婦健診が予定されている場合は、かかりつけの産科に受診すべきどうか相談してください。予定通り受診するよう言われるかもしれませんし、受診を遅らせるよう言われるかもしれません。受診するように言われたときには、外出して新型コロナウィルスに感染するリスクより受診するメリットが大きいと判断されたからです。妊婦健診は健やかな妊娠のためにとても大切です。それでも受診することが心配な場合はかかりつけの産科に相談してください。
  • 次の妊婦健診まで日があるときにはかかりつけの産科からの連絡を待ってください。


あなたがどんな状況でも以下のことを考慮してください
  • 妊婦健診は妊婦さんと赤ちゃんの健康のため長い歴史の中で培われてきた重要なケアです。妊婦健診を受診しないことは、この新型コロナウィルスの流行の中にあっても、ご自身と赤ちゃんの健康を害するおそれがあります。
  • 自分の体のことまたは赤ちゃんのことで心配なことがあるときにはかかりつけの産科に連絡をして相談することがとても大切です。外出して病院にかかることで感染が心配なお気持ちはわかりますが、医療者は健康な妊婦さんと赤ちゃんをウィルスから守るため、あらゆる努力をしています。来院者を制限したり、院内の適切な感染症対策を行ったり、適切な個人防護具を使用しています。
  • もし同居している方のどなたかがCOVID-19の症状がある場合にはかかりつけの産科に連絡をしてください。受診するのに適切な場所と時間を指定します。いつも通りに受診しないでください。
  • 受診するときにひとりで来るように、お子さんを同伴しないように言われることでしょう。これは医療スタッフ、他の女性や赤ちゃん、あなた自身や同居の方を感染から守るために重要なことです。
  • 妊婦健診の回数を減らす必要があるかもしれません。このことについてあなたは丁寧な説明を受けますし、受診回数は安全な範囲で減らします。決められた妊婦健診には必ず受診してください。


妊婦さんのケアにあたる産科スタッフの方々へのアドバイス
ここからは妊婦さんをケアする医療者へのアドバイスです

  • 妊婦健診および産後ケアは古くからお母さんと赤ちゃんの安全のために欠かせないことが知られています。これらは不要不急の外出にはあたらないので、同居の方に発熱や咳の症状がある場合を除いて、予定通り受診するよう説明してください。
  • 妊婦さん自身に症状があった場合、かかりつけの産科に連絡をとって症状開始から7日間は受診を遅らせましょう。同居のご家族にCOVID-19が疑われている場合は14日間延期しましょう。産科スタッフは上記の理由で受診を延期している方を把握しましょう。
  • 分娩の際には誰か信頼できる人に付き添ってもらうことが、妊婦さんの安全と安心に重要であることがわかっています。ただし7日以内にCOVID-19を疑う症状(発熱、咳、声枯れ、鼻水、鼻閉、呼吸困難感、のどの痛み、喘鳴、くしゃみ)があった場合、立ち合いはお断りしてください。
  • 喫煙については明確な証拠はないものの、COVID-19の重症化と関連している可能性が高いです。すべての女性が禁煙する必要があることを強調しましょう。
  • 世界全体でこの感染症の流行に対して不安が高まる中、妊娠産褥期はとくに不確実なことが多いので、妊婦さん褥婦さんにとってはさらに不安が大きいことでしょう。COVID-19そのものに対する不安、外出制限により家族や友人からのサポートが得にくいこと、収入の減少、産前産後に受けられるサービスの変更、などが不安の原因となり得ます。
  • 不安は精神疾患のリスクになります。また、家庭内暴力のリスクも増加しています。さらに、提供される産前産後サービスの制限により、このようなリスクをもつ女性を発見することが難しくなる可能性があります。
  • 多くの場合、困難な状況にあることを認識して誰かと共有することが不安をある程度解消することに有効です。できる限り女性とその家族にサポートを提供することが大変重要です。


新型コロナウィルス感染が確定した、又は疑われている妊婦のケア
はじめに
  • それぞれの施設で決まっている適切な感染予防策に従って、妊婦さんに適切に対応することが重要です。
  • 通常行われている産科的管理を確実に実施しましょう。(前期破水の後に分娩に至らなかった場合に抗菌薬を投与する、など)


分娩前の管理
  • 水分を十分に摂取するようにアドバイスしましょう。(普通の妊婦さんより血栓症のリスクが増加している可能性があります)
  • 定期的な妊婦健診は、感染の疑いがなくなるまで延期するべきです。かかりつけの先生と相談しましょう。
  • 緊急に診察が必要なときは、事前に連絡をしてもらった上で適切な場所でそれぞれの施設の感染予防策に従って診察をおこないます。


分娩中の管理
  • 入院時に通常通り、分娩の進行度、バイタルサインをチェックします。
  • いままでの中国からの報告で、COVID-19妊婦は胎児心拍モニター(NST, CTG)の異常が出やすいといわれているので、分娩中はずっとモニターを装着することが推奨されています。
  • 分娩中に熱が出た場合、一般的な発熱の原因検索に加えてCOVID-19による発熱を考慮します。
  • 新型コロナウィルス感染が確定した、または疑われている妊婦の分娩が進行していることを麻酔科、新生児科、感染症科、産科で共有します。
  • 症状のない妊婦の同居家族は頻繁に手洗いを実施してもらいます。同居家族に症状がある場合は産科病棟への入室は遠慮していただきます。立ち合いを希望する場合は誰か別の無症状の方を指定してください。
  • 通常の分娩管理に加え、1時間ごとに酸素飽和度を測定し、94%以上を維持するように管理します。
  • 必要最小限の人員で分娩管理にあたります。
  • 妊婦の呼吸状態が緊急の治療を要する場合を除いて、分娩方法は通常の産科管理に準じます。現時点では新型コロナウィルス感染が確定した、または疑われている妊婦にとっていずれかの分娩方法(経腟分娩、帝王切開、器械分娩)がより優れているという科学的根拠はありません。(要約者より注:施設ごとに母体の症状が乏しくても肺炎治療や感染制御の観点から、帝王切開術を第一選択として行う方針の施設もあります)
  • 現在までのところ、感染妊婦の腟分泌物を検査した場合、すべて陰性です。
  • 新型コロナウィルス感染症があっても脊椎麻酔や硬膜外麻酔は行うことができます。
  • 緊急帝王切開が必要と判断された場合、それぞれの施設で決まっている適切な個人用防護具を身に着けて手術に臨みます。これには時間がかかりますが、必ず行わなければならず、そのことを妊婦さんとご家族に理解してもらいます。
  • 分娩後速やかに、深部静脈血栓症のリスクを評価し、産後の危機的出血(声明をおびやかすような大出血)がない場合は速やかにヘパリン投与を行います。(要約者より注:日本ではヘパリン投与を行わないこともあります)


予定帝王切開を行う場合
  • 赤ちゃんを含めた周囲への感染のリスクを下げるため、予定を延期することができるか検討します。難しい場合は、上記の対応を参考にして予定通り行います。


計画分娩を行う場合
  • 予定帝王切開と同様、予定を延期することが可能か検討します。延期が不可能な場合は上記の対応を参考に予定通り行います。可能な限り個室管理とします。


呼吸状態が悪化して入院管理になった場合
  • 患者さん同席のもと、産科、麻酔科、感染症科で話し合いの場を持ちましょう。どこで(集中治療室、感染隔離室、など)、誰が主導して妊婦の管理を行うかを決定します。また、妊娠の状態と赤ちゃんの状態についての注意点を共有します。
  • 医学的管理の最重要事項は妊婦さんの状態を安定させることです。
  • 妊娠中の管理で特に重要なのは呼吸状態の時間的変化です。酸素需要が増加する、呼吸回数が30回を上回る、尿量が減少する、意識障害、などは危険なサインです。
  • 胸部レントゲン写真、胸部CT撮影は必要があれば妊娠していない人と同様に行います。胎児被ばくの懸念から検査を怠ってはなりません。胎児被ばくは適切に防御できます。
  • 白血球が増加する場合は細菌感染を考慮して抗菌薬投与を検討します。(COVID-19では通常リンパ球は正常または減少しています)
  • すべての新型コロナウィルス感染が確定した、又は疑われている妊婦は12時間以内に分娩する見込みでない限り、深部静脈血栓症予防のためヘパリンを投与されるべきです。(要約者より注:日本ではヘパリン投与を行わないこともあります)
  • 胎児心拍モニタリングを実施するかどうかと実施する場合のモニタリングの頻度は妊娠週数と妊婦さんの状態によります。
  • 赤ちゃんの肺成熟を目的とした経母体ステロイド投与はCOVID-19を悪化させるという根拠はないので通常通り行います。
  • COVID19とARDSとの関連から、新型コロナウィルス感染が確定した、又は疑われている妊婦の水分管理は厳重に行うべきです。水分投与過剰にならないよう特に留意すべきです。


産後ケア
新型コロナウィルス感染が確定した、又は疑われている妊婦から出産した赤ちゃんのケアをどうするべきか根拠とすべき情報が少ない状況です。中国ではお母さんと赤ちゃんを14日間隔離するよう推奨していますが、母児分離はその後の母児の関係に重大な影響がある可能性があり慎重に決定するべきです。RCOGとしては、現状では通常通り母児一緒に過ごすべきと考えます。ただし、情報が蓄積された場合にこの推奨を変更する可能性があります。

中国からの報告で6例のCOVID-19患者さんの母乳はウィルスが含まれなかったとされています。しかし、これには注意が必要で、授乳による感染のリスクは主に母児の濃厚接触に関係しています。いまある情報を統合すると、母乳栄養のメリットはいかなるウィルス感染リスクをも上回ると考えられます。授乳の際には胎児へのウィルス暴露を減らすため以下の予防策をとるべきと考えます。

  • 赤ちゃんに触れる前には手を洗う。
  • 赤ちゃんに向かって咳をしたりくしゃみをしたりするのを避ける。
  • 授乳、ケアの際にはサージカルマスクを着用することを考慮する。
  • 搾乳機を使う場合は通常通りよく洗浄する。
  • 元気な人に搾乳を赤ちゃんに与えてもらうことを考慮する。
  • 病院内で搾乳する場合は専用の搾乳機を使う。


感染またはその疑いから回復した後のケア
  • 感染またはその疑いのある妊婦は、妊婦健診を延期するべきです。延期の後に来院した場合、特別に追加で検査をする必要はありません。
  • COVID-19のため入院管理した妊婦は、最低10日間深部静脈血栓症予防のためのヘパリン投与を受けるべきです。
  • 感染から回復した14日後に胎児超音波を行うことが推奨されています。COVID-19と胎児発育不全を関連付ける報告はありませんが、SARS合併妊娠の2/3で胎児発育不全を認めたことと、MERSの症例で常位胎盤早期剥離が発症したことから、胎児超音波をおこなうことは妥当と考えられます。
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